アンコールがありDKT/MC5だけが戻って Rama Lama Fa Fa Fa をやった。いつもの通りウェインが聴衆を3組に分けて合唱させる。フェスティバル・ホールの広い空間にロンドンのオーディエンスの歌声が響き渡った。

公演終了後、バックステージを訪ねてみることにする。大きな会場なので入り口を見つけられるか不安だったが、客席の前方にそれらしきものがあったので行ってみると、パスの提示は求められたものの意外とすんなり入れてしまった。 廊下の突き当たりがグリーン・ルームになっていて、関係者がビールなどを飲みながら歓談していた。DKT/MC5の姿はなかったけれど、面白そうだったのでしばらくそこでビールを飲みながら周囲を観察する。明らかに英国ロックのコンテンポラリーなスターの方たちと思われる男性が何人かいたが、自分はほとんど知識がないので猫に小判である。 やがてアーケストラの団員たち数名が入って来た。サン・ラー在りし日からのメンバーと思われる小柄で謙虚なたたずまいの老人たち。そのジャズマンの風情とオーラにしばし見とれ、なんでまた自分のような者がサン・ラー・アーケストラ団員のこんな近くでビールなど飲んでいるのだろうと、不思議な感覚にとらわれる。

突然この猫は何かと言うと、マイク・デイビス家の愛猫スプーキー嬢。グリーン・ルームに飽きてDKT/MC5の楽屋付近に行ってみるとマイクの夫人アンジェラとばったり出会ったのだが、以前パサディナのお宅にお邪魔した時会ったスプーキーを猫好きの私が とても可愛がっていたものだから、カリフォルニアから私に渡すためにわざわざ写真を持って来てくれたのである。偶然こちらもスプーキーへのプレゼントにキャット・ニップ人形を持って行ったので、とても喜んでくれた
デビッド・トーマスとウェイン。「ウェインと撮る写真なら大歓迎」と、快くカメラに納まってくれた。この側に座ってウェインと話していたのは、誰あろう、あのラジオ・キャロラインの創始者、60/70年代英国アンダーグラウンド・カルチャーの仕掛人である伝説的実業家、ローナン・オライリー氏であった。(MC5年表1971年参照)ツッ立っていた私に隣の席を勧めてくれたりしたけれど、あまりの畏れ多さについにカメラを向けることはできなかった。
マイクがキュートな革ジャンを持っていたので着ているところを撮影させてもらった。日本製アニメのキャラクターが付いていて、でも買ったのはアメリカだそうです。 ディック・マニトバが荷造りをしている後ろから声を掛けたらとてもフレンドリーな人だった。落ち着いてよく見るとほんとにハンサムでした。
リサとマーガレット。マーガレットがこんなにシリアスな顔なのは、こちら側の人と真面目な話をしていたから。こんな表情で撮れてしまってごめんなさい。
今回の公演は出発前に想像していたのとは異なる構成だったが、結果としてDKT/MC5のロックとサン・ラー・アーケストラの音楽と、そして2つのグループのコラボレーションと3倍楽しめたことになる。「スター・シップ」は確かに、 楽器と人間の声が達成可能な、これまで聴いたことのない音楽表現の発露だった。この企画がなければおそらくライブで聴くことはなかったであろうアーケストラの不思議な音楽を聴く機会を与えてくれたDKT/MC5と、そのマネージメントの努力に感謝したい。 インターネット上では英米メディアのいくつかが「ロック目当ての客は退屈していた」という趣旨の辛口批評を寄せていたが、確かにアッケに取られていたという感じはあったけれど、「MC5」を聴きにやって来たイギリスの若いオーディエンスにとってもあのサウンドは衝撃だったのでは。彼らにも何らかのインスピレーションが与えられたことを望む。(滞在中テレビで放映していた若者向け音楽番組には今イギリスで人気があるらしいロック・バンドもいくつか出演していたが、いずれもサンタンたる有様であった。)

初めて聴いた時から今日に至るまで、自分にとってのMC5は衝撃と啓示であり、2005年の今もなお、彼らは私を驚かせるのだ。

2005年2月 DKT/MC5 ロンドン公演レポート 完


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