マイケル・デイビスは、スコット・モ−ガン・グル−プを離れた後麻薬所持で一時期服役し、その後1977年に元ストゥ−ジズのギタリスト、ロン・アッシュトンと共に "Destroy All Monsters" に加わった。ファッション・モデル出身のナイアガラという女性ボーカルを擁するポップ・アート/ウォ−ホール 系のバンドだった。ちなみにこのバンド名、円谷映画「怪獣総進撃」のアメリカ公開に際してつけられた英名から取ったもの。マイケルはこのバンドに7年間近く留まるが、1985年に脱退し、デストロイ・オール・モンスターズの元ドラマー、ビリー・フランクのバンドである "Empty Set" に加わりヨーロッパ・ツアーに参加したりしていた。やがてアリゾナ州に移り住んだマイクは、そこでプロジェクト的にバンドを組んではギグを行って解散、という生活をしていたらしい。

1995年末、彼は同じアリゾナで活動し、一定の成功を納めていたリッチ・ホプキンスと出会い、ホプキンスのバンド The Luminarios に加わった。このバンドは同年初めてのヨーロッパ・ツアーを行い、特にドイツで知名度を上げ成功していく。マイケル参加後、97年の El Paso を筆頭に、The Glorious Sounds of...3000 Germans Can't Be WrongDevolverMy Lucky Stars と毎年コンスタントにアルバムがリリースされている。日本ではほとんど無名のバンドだが、プレイ・ボタンを押したとたんに、熱風吹きわたるアリゾナの乾いた広大な原野が眼前に広がることは間違いない、類い稀な音像を持つバンドである。マイクはまた、ホプキンスとビリー・セドルマイヤーが2000年にリリースした The Fifty Percenter にも参加している。当サイトに掲載されている1998年にケン・シマモトと行なったインタビューを読むと、彼がこのバンドに非常に満足しながら日々を送っていた様子がうかがえる。齡60に達しようとする老ベーシストが、全く違ったジャンルの音楽や新しい音に対し、常に新鮮な興味を持って臨む姿勢に敬意を感じる。

2003年3月にロンドンで行われたMC5/リーバイス・ライブのバックステージで、マイクそして1ヶ月前に結婚したばかりの新妻アンジェラと言葉を交わす機会があり、彼がルミナリオスを脱退したことを知った。現在はデニス・トンプソンとライブやレコーディングの計画を持っているということで、ただ楽しめそうだからやりたいと言う。MC5が解散した時、フレッド・スミスを交えデトロイトの猛暑の中、屋根裏部屋で汗まみれでプレイしていたマイクとデニス。2人共今後もロックし続けてくれることを期待する。なおアンジェラはアーティスト・マネージメント会社、「スヴェンガリー・ミュージック」の代表でもあり、夫マイクとデニスもここに所属している。最近オープンしたスヴェンガリーのホームページには今までほとんど知られる事のなかった、このMC5のリズム・セクションのプロフィールが掲載されていて貴重であるので、一部を日本語に翻訳して転載したい旨お願いしたところ快諾を頂いたので掲載する。(デニスに関しては次章にリンクを加えた。)

ドラムのデニス・トンプソンは、Ascension 解散後、ストゥージズのロン・アッシュトンと共に "New Order"(ジョイ・ディビジョンから派生したイギリスのニュー・オーダーとは別)に参加、75年から76年にかけてロサンジェルスで活動した。フランスのファン・レコードから "The New Order" というアルバムもリリースしている。メンバーは次の通り。

ギター:ロン・アッシュトン(Ex-ストゥ−ジズ)
ベ−ス:ジミ−・レッカ
ドラム:デニス・トンプソン(Ex-MC5)
ボーカル:ジェル・スプリー/デイヴ・ギルバート
キーボード:スコット・サーストン

実力派のなかなかに優れたバンドであったが1976年10月に解散、デニスは数年間シリウス・トリクソンのバンド "The Motor City Bad Boys" に在籍した。

その後(81年)彼は、 ボブ・スラップ(G/V)、チャ−リ−・ベル(B) と共に "The Secrets" というトリオを結成した。まとまったよいバンドで、デトロイトではかなりの人気を得てシングルもリリースした。

そうこうするうちに、 "New Race" というバンドに加わってオーストラリアへツアーに来ないかというオファーを受ける。New Race とは、デトロイト出身で70年代始めにオーストラリアに移住したギタリスト、デニツ・テックがこのツアーのために組んだバンドである。他のメンバーはロブ・ヤンガー(Vo)、ワ−ウィック・ギルバ−ト(Bass)で、この3人は75年に結成され81年に解散したオーストラリア初のパンクバンド、Radio Birdman のメンバーだった。テックはデニス・トンプソンの他に、もとストゥジズのロン・アッシュトンにも参加を求め、New Race のラインアップが完成した。

ボ−カル/ロブ・ヤンガー(Ex-ラジオ・バードマン)
ギタ−/デニス・テック(Ex-ラジオ・バードマン)
ギター/ロン・アッシュトン(Ex-ストゥ−ジズ)
ベース/ワ−ウィック・ギルバ−ト(Ex-ラジオ・バードマン)
ドラム/デニス・トンプソン(Ex-MC5)

5人は81年4月から5月にかけてに6週間にわたるオーストラリア・ツアーを行い、その模様は82年にビッグ・タイム・レコーズから ライブ・アルバム The First and the Last (BTB 907) としてリリースされている。このアルバムはまた、1997年トータル・エナジーによりCD化された。

オーストラリア・ツアーから戻ったデニスは再びザ・シークレッツと共に活動を始めるが、結局デトロイトのクラブ・シーンにおけるミュージシャンに対する待遇の悪さに腹を立てて、このバンドを解散してしまった。その後、97年頃 "Phantom Patriots" というバンドを結成している。メンバーは下記の通り。

ボ−カル/トミ−・イングラム
ギタ−/ジョイ・ゲイドス(Ex-カブ・コ−ダ・エンド・ザ・ポインツ他ロブ・タイナーの Blood Brothers にも参加)
ベ−ス/ピート・バンカート(ダ−ク・カ−ニバル)
ドラム/デニス・トンプソン

98年のケン・シマモトのインタビューでは、同名のアルバムが完成しレーベルと交渉中ということであった。MC5ドキュメンタリー映画の監督であるデイヴィッド・トーマスによると、ファイブのかつてのアブナイ部分を最も今に残しているのがデニス・トンプソンであると述べている。インタビューの最中、カメラに向かって突如ライフルを構えるデニスは確かに少しコワいが、彼はミシガン大学で工学を学んだインテリでもあり、現在生活の中心はエンジニア業のようである。2003年ロンドン100クラブでのライブ終了後に会ったデニスは、「MC5の中で一番おっかない人」というイメージとは裏腹に、サインを求めて次から次へと差し出されるレコードやCDに快く応じる、頼もしいアニキといった風情であった。スヴェンガリー・ミュージックのホームページに掲載されたデニス・トンプソンのプロフィールはこちら。

さて、レキシントンの拘置所で服役中のウェイン・クレイマーはその後どうなったのか?「囚人ウェイン」から「市民ウェイン」まで、不屈のロッカー「ウェイン・クレイマ−」 のページにまとめたので、そちらを参照して欲しい。

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