MC5のバンド・メンバーだったギタリストのフレッド・「ソニック」・スミスとクレイマーは、ローリング・ストーン誌「ベスト・ギタリスト100」の中で92位と93位に数えられている。

その注釈によれば、「MC5のクレイマーとスミスは、サン・ラーのサイファイ・ジャズを2機の大砲に注ぎ入れた。2人は陶然と目も眩むようなハードロックの無限のビジョンを定義したのだ。」

「もちろんリスト入りしたのは誇りに思うよ。」クレイマーは語る。「ギター・プレイヤーの世界で認められて光栄だよ。だが本当のところを言うと、アーティストに順位をつけてリストにするっていう考え方はどうも馴染めなくてね。実際の数字で勝負するスポーツ選手とは違うだろう。」

クレイマーは、彼とギターとの恋物語はチャック・ベリーの「ジョニー・B・グッド」で始まったと言う。デトロイトという工業都市で育ったにも関わらず、その歌詞が自分のことを歌っていると強く感じたそうだ。

「チャックが書いたこのニューオリンズ生まれの少年は、ギターを習うとベルを鳴らすくらい簡単に弾けるようになり、いつの日か彼の名前がネオン・サインで輝く日がやって来る…たぶん俺はこの内容に自分を重ね合わせたんだな。」

「で、あのギター・ソロだ。チャックは俺がそれまで誰もギターで弾くのを聞いたこともない速さと強烈なリズムで弾いてた。」クレイマーは続ける。「それまでギターってのは、歌手の背後でかき鳴らすものだった。それを彼は全く違うやり方と音で弾いていた。それまで俺が耳にしたどんなトーンとも違っていた。俺にとって扉を開いてくれた、いわば入口だったんだ。」

練習を重ねるうちにクレイマーは当然フェンダーに行き当たった。

「フェンダーのあのキャンディアップルやメタルフレークのペイントが、俺の情熱のもう一つの対象である改造車を連想させたんだ。」クレイマーは言う。「エレキギターは信じられないくらいセクシーで圧倒的パワーを持つマシンだった。俺にとってギターはまさしくデトロイトのマッスル・カーと同じだった。速くてラウド、鉄壁の堅固な物質。そして何よりもエレキギターのサウンドだ。アコスティック・ギターは歴史を通じて長い間存在していたわけだが、俺はエレキギターが生まれ出た時代に育ち、アンプのトーンに根本的にインスパイアされた。俺にとってそれは解放のサウンドだったんだ。」

文字通り刑務所から解放された後、クレイマーはニューヨークに移りジョニー・サンダースとギャング・ウォーを結成したが、サンダースとの仕事の難しさから間もなく解散した。

クレイマーはR&Bミュージカルである「ダッチ・シュルツの最後の言葉」を共作し、80年代はパンク・バンドのレコーディングやプロデュースを行なっていた。その中にはワイルドで悪名高い G.G. アリンも含まれる。

「いっしょに仕事をしたミュージシャンの大半は多かれ少なかれ楽しい奴らだった。」クレイマーは語る。「その点では G.G.も、俺といっしょのセッション中は問題なかったよ。」

その後ニューヨークを離れてナッシュビルに移り住み、そこで彼の11枚のソロ・アルバム第1作目となる「ハード・スタッフ」の曲を書いた。このアルバムは1995年にエピタフからリリースされた。

「ロサンジェルスに引っ越してきてエピタフのチーフ、ブレット・ガーウィッツに会った。彼はそれらの曲をすごく気に入ってくれたんだが、エピタフのファンに販売できるサウンドじゃない、と言った。」クレイマーは回想する。「で、俺はエピタフの音楽を聴きまくり、俺がやっていることとエピタフがしていることをどうつなげられるか勉強した。そしてそれほど大きな違いはないことに気づいたんだ。むしろ問題はいいミュージシャンをどうやって集めるかってことだった。」

ウ゛ァンダルスのドラマー、ジョッシュ・フリース、ペニーワイズのベーシスト、ランディ・ブラッドビューリー、そしてメルヴィンスとクロー・ハンマーらのサポートを得て、クレイマーは彼のギターから思う存分力強いリフを叩き出し、ギター・マニアに高く評価されるアルバムを制作した。

「いったんすばらしい共演者を見つけてしまうと後は楽しいだけで、俺はギターの演奏に集中することができた。」クレイマーは語る。「俺はギター・プレイを現状から一歩先に進めることにものすごく興味があるんだ。」

ミュージシャンとして進化したいという願望は、結果的に彼を違ったキャリアへと導いた。2009年にはマーシャル・クレンショーのアルバム「Jaggedland」 で客演したものの、クレイマーの最近の関心はもっぱらテレビと映画音楽の作曲だ。

作曲家としてクレイマーは、映画「Talladega Nights」(邦題:「タラデガ・ナイト」)及び「Step Brothers」(「俺たちステップ・ブラザース」)のサウンドトラックや、ケーブル・テレビ局 HBOのコメディ・シリーズ「Eastbound and Down」の音楽を手がけた他、エンタメ専門テレビ局 E! 製作のエミー賞受賞シリーズ「Split Ends」や、フォックス・スポーツ・ネットワークの「5-4-3-2-1」、「In My Own Words」、「Under the Lights」といった番組のテーマ音楽を担当した。

「映像につける音楽を作曲してる時、それは俺の音楽じゃない。」映像のための創作とアルバム制作の違いについてクレイマーは言う。「映像音楽は監督の音楽だ。俺が伝達しようとしてるのは、番組のストーリーだ。ストーリーに対するウェインの考えじゃない。もっと他人との協力を要する仕事であり、しばしば補助的な役割だ。彼らが彼らのストーリーを語るのを助ける音楽を書くことが俺の仕事なんだ。だから書くのは俺についてのことじゃない。彼らについて、彼らのストーリーについてのことだ。映像につける音楽を書く時、王様なのはストーリーなんだ。」

61歳のクレイマーが次に挑戦しようとしているのはオーケストラの曲を書くことで、その目的のため彼はスクールに通っている。

「人生の大半をロック・バンドでエレキギターを弾いて過ごしてきた俺は、バイオリンが何をやってるのか、フルートは、金管楽器は何をやってるのか、知る機会がなかった。だから学校に通う必要があるし、すごく楽しいぜ。」と、クレイマーは語る。「できることなら死ぬその日まで、何かを学んでいたいんだ。」

ありったけの情熱を傾けて努力することを人生哲学とするクレイマーだ。何を学ぼうと彼は必ずそれをマスターするに違いない。

ウェイン・クレイマーの活動に関しては、彼のホームページを訪れて欲しい。