クレイマー・レポート No. 32 エキストラ(2009年5月15日)
刑務所への帰還:シンシンにてドラッグ戦争惨敗雑感
2009年5月2日土曜日。俺は刑務所に足を踏み入れた。再び。
俺に同行したのは、トム・モレロ、ジェリー・カントレル、ビリー・ブラッグ、ペリー・ファレルとエティ・ラウ・ファレル、ギルビー・クラーク、ブーツ・ライリー、カール・レスティボ、デイブ・ギブス、ドン・ウォズ、ハンサム・ディック・マニトバ、エリック・ガードナー、そしてロード・リカバリーのスタッフだ。場所はニューヨーク市オシニングにある悪名高いシンシン重犯罪刑務所。俺は囚人たちと対話し、皆で彼らのためにライブを行った。
今回のことが実現したのはニューヨーク州犯罪者更生部の新しいプログラムのおかげで、重点を置いているのは囚人の社会復帰だ。正直言ってまさか実現するとは思っていなかったんだが、大間違いだった。俺たちはその前の晩、マンハッタンでロード・リカバリーのコンサートに出演していた。ロード・リカバリーっていうのは、深刻な問題を抱える青少年を援助するNPOだ。俺の長年の同胞であるイギー・ポップのおかげでチケットは完売。コンサートは大成功に終わった。
シンシンでのライブはボーナスだった。「忘れ難い」なんていう言葉じゃとても言い表せない体験だ。アメリカの社会政策における史上最大の大失策のツケを払わされている人たちに手を差し伸べることがいかに大切か、十分説明することは難しい。
「ドラッグとの戦い」がいかに大失敗に終わったか、月に住んでるのでもなければ知らない奴はいない。過去30年間で2兆円を費やし、200万人のアメリカ人を刑務所に送り込み(その60パーセントは非暴力のドラッグ所持だ)、その挙句に今じゃアメリカのどこの街角でも30年前よりはるかに安くて良質のヘロインとコカインが手に入るってわけだ。「犯罪には屹然として臨む」なんてカッコいいこと言ってるが、実は私利私欲のための政策で、要するに「ブチ込んで後はほっとけ」式のやり方で票集めに利用してるに過ぎない。おかげで刑務所関連産業は大繁盛だ。
シンシンを訪れた土曜日、俺は刑務官長に質問した。現在ニューヨーク州では何名の囚人がいるのか、と。「5万人程度ね」と彼女は答えた。それで思い出したんだが、俺が1970年代にドラッグ犯罪で服役していた当時、アメリカ合衆国の囚人数はアメリカ全土で合計約5万人ほどだった。すると刑務官長は続けた。20年前に彼女がその職に就いた当時、ニューヨーク州には23箇所の刑務所があった、それが今じゃ60箇所以上だと!
犯罪発生件数は過去30年間横這いなのに、刑務所収監率は4倍以上に増加した。最も犠牲になるのは人間関係だろう。今俺が取り上げてるのは暴力が関わっていないドラッグ犯罪のことだ。数え切れないほどの家庭が崩壊し、結婚生活が破綻し、3世代に亘る子供たちが、父親(と母親)がムショから出たり入ったりしているという境遇のもとで暮らしている。彼らのほとんどがヒスパニック系か黒人だ。アメリカのさまざまな町に生まれた人たち、脚本家デビッド・サイモン言うところの「食べ残しみたいな人々、アメリカの産業復興期には必要だったが、今日の経済には必要ない人々」だ。非暴力のドラッグ犯罪で投獄された人々は、都市における政治ゲームに勝つために利用された道具に過ぎない。誰も彼らのことを口にしない。彼らに目を向けようとする政治的意図は皆無だ。彼らに費やす政治資金もない。全く何の望みもない。だが、刑務所建設と看守採用には絶対的にカネがからんでる。
ここカリフォルニアの刑務官組合は全米で最強の政治圧力団体の一つだ。この状況がすぐに終わると考えるほど俺は世間知らずじゃない。だが見誤ってはいけない。この状況は一般の人々に対する犯罪なんだ。政府が手を差し伸べるべきなのに、彼らは何もしようとしない。それどころか人間を食い物にして肥え太る怪物を作り上げてしまった。犠牲になっているのは人生において一度の過ちのために判断力が著しく鈍ってしまった人々だ。そして怪物は利益と政治的メリットを貪っている。
1人のアーティストとして俺にできることは、きみが1人の友人や隣人としてできることと同じだ。立ち上がること。発言すること。関わることだ。
シンシンで俺は、8年、10年、17年、30年も服役していながら、それでも希望を持ち続けている男たちと話をした。ビリー・ブラッグといっしょにボブ・マーリーの「レデムプション・ソング」を合唱した彼らは希望と夢を捨てていなかった。強い精神力の持ち主だ。彼らの中にMC5やジェーンズ・アディクションやオーディオスレイブを聴いたことのある人間がいるとは思えなかったが、そんなこと全然どうでもよかった。全員が音楽でひとつになったんだ。大切なことは、俺たちが訪問したというだけで、自分たちが忘れ去られた存在ではないということを彼らが知ってくれたことだ。俺は忘れないぜ。俺といっしょにこの歴史的訪問に同行してくれた他のミュージシャンたちも同じ気持ちだ。30年間変わらないドラッグ取締りにおける厳罰主義を、この国の誰もが支持しているわけじゃないんだ。
俺たちを招いてくれたニューヨーク州知事のデビッド・パターソンとニューヨーク州犯罪者更生部に祝福あれ。他の州の知事も彼らの誤った政策が招いた経済的・人的損害に気づいてもいい頃だ。バラク・オバマにしても、立ち上がって正義を為し、アメリカ国民が犯した最大の過ちを正す時が来ているんじゃないか。
翌日ディック・マニトバからメールが来た。「ライブが終わってあの囚人たちがドアを開け、ゆっくりと、よろめきながら監房に戻っていく姿が目に焼きついてる。考えずにいられないんだ。俺は自由の身で・・・そして・・・自分は何て恵まれているんだろうと。」その通りだよ、ディック。 昨日のハッフィントン・ポスト第一面の見出しは「ホワイトハウスの主、ドラッグ戦争終結を宣言」だった。いいことだ。この後誰が立ち上がるのか、 じっくり見てやろうじゃないか。
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