今回のクレイマー・レポートは、アメリカの薬物取締法糾弾に始まり、犯罪歴のある人間に対するアメリカの社会システムに対する鋭い批判。長い間このレポートの翻訳に着手する気が起きなかったのは、問題の規模が日本の日常とかけ離れて思えたからだが、しばらく前から「やり直しのきく人生」という言葉が日本のメディアで吹聴され出したので訳してみる気になった。ただし当レポート中で述べられているのは、「更生」と「参政権回復」という重い「やり直し」である。


クレイマー・レポート No. 28(2006年 5月10日)

[ウェインによる注:今回のレポート全般にわたり、俺たちが置かれている状況を説明するため、俺はサム・ハリスの驚くべき著作、『信頼の終焉』(必読)と、ニューヨーク・タイムズに掲載されたいくつかの記事を参考にした。]

アメリカのドラッグ政策ってヤツは想像を絶するくらいめちゃくちゃなんだ。

食品医薬品局(FDA)は先週、長年論議の的だった医療行為としてのマリファナ使用に関して同局の見解を発表し、多くの人々を激怒させた。FDAは、「動物実験及びヒトにおける治験では、一般医療用での使用におけるマリファナの安全性も効果も証明されなかった」という、複数の機関によって行われた研究結果を支持したんだ。

この問題における不合理な考えが俺たちに及ぼす悪影響は途方もない規模であり、さらに綿密な調査による職権が行使されようとしている。

ホワイト・ハウスと奴らに雇われた暴力団DEAは、病気の人々や彼らの治療にあたっている医師と薬剤師に対し宣戦布告した。それだけじゃない。この問題で犯罪に対する司法システムの罠にはまっちまったら、一生汚名を着せられる可能性も大きい。 そのいずれにおいても、着々と準備が進んでいる。

この最悪のニュースは、サム・ハリスの本の中でさらに明確に記述されている。

「現在40万人以上のアメリカ市民が、平和的ドラッグ使用の罪で合衆国・連邦及び地方刑務所や拘置所に収監されている。さらに百万人が、保護観察下あるいは仮釈放中である。この数字をもっとわかりやすく解説しよう:この人数は、西ヨーロッパでおよそ犯罪と名の付く全ての罪で収監されている人間の合計数より多い。そして西ヨーロッパの人口はアメリカ合衆国の全人口より多いのだ。」国会は、最新版の国内安全保障法にオサマと感冒薬スーダフェッドの関連性を滑り込ませた。ということは、奴らは俺たちの医療記録をこっそり調べ回っているだけでなく、俺たちがかかっている医師に対し、俺たちを治療すると起訴するぞと脅しているんだ。

ドラッグに関わる法を施行する際の人種偏見だって周知の事実だ。人口に占める割合は少数だというのに、刑務所は有色人種で溢れている。どういうことだ?白人は違法ドラッグをやらないとでも?

このことを端的に言えば、アメリカの半数に及ぶ裁判所の開廷時間が全て平和的ドラッグ使用の訴訟に費やされているってことだ。さらに、全米の警察の仕事量の半分が、平和目的のドラッグ使用に対する警察力行使に費やされているってことだ。誰でもいい、警官に訊いてみるがいい。彼らが取るに足らない麻薬常用者を追い回すのにてんてこまいしている一方で、殺人犯、レイプ犯、児童暴行犯など、真に危険な犯罪者は、平和利用ドラッグで逮捕された人間を入れるスペースを作るために定期的に保釈されている。

俺はこの問題を60年代までさかのぼって調べた。生命に関わる合法的薬物やアルコールやタバコは野放しにされていたのだから、当時のマリファナ取締法は明らかに偽善だった。非合法の薬は数十万の人間を殺すとか、ドラッグよりアルコールの方が安全だとか、タバコはもっと安全だとか、そういう誤った一般的理解は今だに続いている。事実は全く反対なんだ。

一方的な厳しいドラッグ政策の根源は、何であれ、人を気分よくさせるものは罪であるという宗教右派の信念に端を発している。にも関わらず、奴らは思いやりを欠き、経験的知識もなく、合理的に考えればすぐに誤っているとわかる信念にやみくもに固執している。気分をよくする助けになるものは罪だという考えを心の底から信奉しているだけでなく、奴らは信じ難いくらいよく組織され、この国の法を操作して第2世代の、それどころか第3世代の、公民権を剥奪されたアメリカ人を創造することに成功した。このシステムの罠にはまった者は拘束され、やがて社会から阻害されていく。

こういう事全て偶然に起こったわけじゃない。アメリカ政府は1940年代から薬物中毒とアルコール中毒について真実をつかんでいた。国内で2カ所の連邦刑務所で(一番有名なのは俺の母校、レキシントン更生施設だ)調査が実施され、中毒のメカニズムは全て解明された。

この研究にはCIA も加担していた。ロシアのスパイに事実を吐かせるジェイムス・ボンド流「告白血清」を捜していたんだ。が、うまくいかなかった。奴らはLSD を投与し人間の脳を数ヶ月にわたって混濁させた挙げ句、黒人に対して行っていたタスキーギ梅毒の人体実験と共にこの実験も中止した。これらの研究から、メタドン治療法などいくつか国民のためになることも生み出されたが、政府は自らおこなった研究の結果に背を向けてしまった。

中毒という社会問題に取り組む人道的で有効がアプローチを考え出す代わりに、政府は自分たちが生み出したものから国民を守る完璧な政治論理に終始した。冷戦は国民を共産主義者から守る。そしてドラッグ戦争は国民を薬物中毒者から守るというわけだ。自分たちが雇った専門家の忠告を無視し、ドラッグ政策を医療/社会問題としてではなく、警察/裁判所/刑務所に関係する問題に変えてしまった。ドラッグに関してアメリカが抱えるジレンマは、実は政府が生み出したものなんだ。

この問題に費やされるカネは信じ難い額だ。次の攻撃が来た時、果たしてその金額は一体どれくらいになるんだろう?サム・ハリスはこう書いている。

「例えばアメリカ政府は、連邦政府レベルだけで計算しても毎年ほぼ200億ドル(2兆3千億円)をドラッグ戦争に費やしている。州と地方政府の支出及びドラッグ販売防止に失敗したために浪費された税金を考慮に入れれば、アメリカがドラッグ防止に費やす総額は、簡単に見積もっても毎年1000億ドル( 11兆6千億円)になるだろう。問題は、需要のある物品を禁止すると必ず自由市場の原理が働いてしまうことである。国連はドラッグ取引の売上げを年間4000億ドル(46兆5千億円)と見積もっている。アメリカ国防省の年間予算を上回る額だ。皮肉なのは、アル・カイダ、イスラム聖戦機構、ヒズボラや輝く道といったテロ組織が安定した収入を得る市場を作り出してしまったのは、アメリカ政府のドラッグ政策であるということだ。

薬物乱用を防止する事は正当な社会的ゴールであると仮に認めたとしても、我々が直面する他の問題を考えた時、ドラッグ防止戦争の費用はどういう位置づけになるのか?核兵器が違法に輸出されないよう国内の商業港の警備を強化するための初期投資は20億ドル(2千300億円)である。この目的のために政府がこれまで費やしたのはたった9千3百万ドル(108億円)に過ぎない。マリファナ防止に年間40億ドル(4千7百億円)も使っているというのに!」だが、ニューヨーク・タイムズでは少し気が引き立つような記事を読んだ。

「ドラッグ更生に費やす費用の激増にたまりかねて、ボストン、シカゴ及びサンフランシスコの3都市は、ドラッグ犯罪歴のある人間の雇用を禁止することにより彼らを再び刑務所に戻してしまう結果となっている政策の見直しを始めている。社会から阻害され、もと「凶悪犯」(ほとんどがドラッグ犯罪者)は、家族の、地域社会の、やがては国民の重荷となっていく。上に挙げた都市は、資格があると認められた申請者の犯罪歴による制限を軽減し、有罪判決を受けた者の就職が憲法によって禁止されている職を除き、市の仕事に就けるよう画期的な措置に踏み切った。」

カリフォルニアの薬物裁判所も正しい方向に進み始めた。現在収監されている受刑者の60パーセントが、自治体が提供するの更生/治療プログラムを受けられることになった。カリフォルニアが国内で初めてこれを実施した。そうあるべきだ。この州の州立刑務所のシステムは、怒り狂って走り回る腐敗した巨大な怪物同然だから。

これらの改革は、法によって永久に前科者の烙印を押された人間を救う公正な第1歩と言える。彼らのほとんどが、情け容赦ない薬物取締法や、遥か昔に犯した小さな罪のために、全ての職業から閉め出されているんだ。前科のある者を失業状態に閉じ込めると、彼らは新たな犯罪を犯し、刑務所に逆戻りして永久に社会のお荷物になる、ということを俺たちはもうよく知っている。

そして、今回のクレイマー・レポートの締めくくりとして、通常ほとんど語られない、ドラッグ戦争のもう一つの側面を取り上げたい。犯罪歴を持つ者の投票権の問題だ。

ニューヨーク・タイムズによれば、「ある階層の人々の公民権を剥奪するようなやり方で、決して投票権を奪ってはならない。この考え方は保守的なディープ・サウスでさえ、支持を集め始めている。この地域は先頃の国民選挙において、ほぼ4百万人に達する元犯罪者及び仮釈放者と保護観察下の者の投票権を剥奪するという恥ずべき州法の採用に踏み切った。社会に対し債務を支払い終わった多くの男女が、投票権を保障されている州においてさえ、公民権を剥奪されたままである。」

俺自身このことを知らず、出所してから長い間投票所に行かなかった。幸運なことに、偶然近所のスーパーである男に会い、そいつも参政権を持たない労働者で、俺の事をミュージシャンだと知っていて、その法律について説明してくれたんだ。それまで誰1人として俺にそのことを教えてくれた人間はいなかったから、まさか自分がまた投票できるなんて思いもよらなかった。その日に俺は投票者として登録を終え、以来全ての選挙で投票している。できるなら毎日だって投票したいくらいさ。

ウェイン・クレイマー


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