クレイマー・レポート No. 26(2005年8月17日)
自分は幸運な男だと思う。とてもいい仕事に就いている。他にもっとすばらしい仕事もあるんだろうが、とにかく平均よりは条件のいい仕事に就いている。実際、俺みたいなどうしようもない奴が曲がりなりにも職を持っているということに感謝しなければならない。多くの人間が職に就けず、就いていてもひどくハードな仕事 だったりする。俺がこれまでに経験した最も大変な仕事は、1980年代にしばらくやっていた、冬のブルックリンでコールタールで屋根を葺くって作業だ。工場労働はハードだ。農作業もハードだ。物を売るって仕事も。だから仕事のことを「労」働って言うんだろうな。だが誤解しないでくれ。俺はグチをこぼ してるわけじゃない。俺の今の仕事なんか、そういう労働の大変さに比べたら物の数じゃないってことだ。
俺みたいな仕事につきものなのは、ある期間頻繁に旅に出なけりゃならないってことだ。得るところの多い特別手当であると同時に、すごく困る点でもある。困るってことはつまり、俺は家で送る生活がほんとに好きなんだ。我が家を離れると本当に戻りたくなる。一貫した生活が好きなんだ。普段の生活で関わる人々や友人や知人が好きだし、普段参加してる活動が好きなんだ。自分のベッドで眠るのはいいものだ。事実を言えば俺は今57歳で、「バンに飛び乗る」 生活には若い頃ほど魅力を感じないってことなんだ。それに加えて国から国へと旅するのは心底疲れる。もとの体調戻るのに2日はかかってしまう。
これまで住んでる地球のかなりの部分を見てきた。他の国や文化を。アフリカ、中国、中近東にはまだ行ったことがない。(近々中近東には行く予定があるが。)ロシア、シンガポール、香港にも行ってないが、まだ身体の方は大丈夫だからこれから訪れる可能性はある。こんなことを書いているのはつまり、俺達がこのアメリカで何かをするのとは違う方法でやっている場所が他にたくさんあるってことなんだ。それを経験するのが好きだ。ジョージ・ブッシュとその手下どもが仕掛けた国際法違反の非道徳なイラクとの戦争に参加するのを拒否する国があるってことも、大きな意味でその一つだ。他にも、たとえば国民健康保険のあり方なんかも違うのが思い浮かぶ。
最近フィンランドに行った。医者が処方してくれた薬を持って行ったんだが(この歳になると、昔やってたコカイン/ヘロイン/酒なんかより、そういうクスリ の方が大事なんだよ。俺が現在肌身離さず持ってるのは膀胱・腎臓・鼻炎・視覚の薬さ。)、その容器がスーツケースの中で割れて中身が散り散りになってしまった。それでホテルを出て近くの病院へ行き、救急室のドクターに相談すると、彼の同僚の部署を紹介された。その2番目の医師は俺の処方箋を読み、フィンランドで処方されている同等の薬を調べて新たな処方箋を書いてくれた。
その手続きが済んだ時点で、俺はそれまでの診療に対し幾ら支払えばいいのか尋ねた。彼はよくわからないから問い合わせてみると言った。そしてすぐに戻って 来てこう言ったんだ。「無料です。」こんなこと、アメリカで考えられるか?外国人に無料で提供される医療サービス!(ところで、俺が誰か、俺がシンガーで ギターを弾くなんて、彼は全然知らなかったぜ。)
そういう違いは時々もっと小さなことに表われる。挨拶の仕方もその一つだ。ブラジル人てのはものすごくよくキスするんだ。いいことだと思うが。俺もすぐ抱き合うタチなんだが、彼らが何かとすぐキスするのに慣れるには少し時間がかかった。アメリカ人は大体、堅苦し過ぎてああいう愛情表現はしないから。
で、思うんだが、アメリカに住んでいると、世界の他の国に対して歪んだ見方をするようになっちまう。大部分のアメリカ人は、世界の他の場所がどんな風なのか考えもしないが、アメリカは実際には地球に存在する大きな島の一つで、国力のおもむくままに我が物顔に世界のあちこちに出かけて行き、しかし個人的な関わりがなければ、あるいはテレビのスクリーンに登場しなければ、誰にも、何にも、目を向けようとしない。時々アメリカ人は現実の世界より、テレビにより大きく 左右されているんじゃないかと思う。マーケティング戦略の勝利を証明しているな。
欧米の他の国の多くでCNNが見られるが、外国ではアメリカ人には提供されない何かが起こっている。お互いに、ってことだ。アメリカ以外の国では、他の国とその文化と結びついているという感覚がある。彼らは隣人という考え方を持っている。イギリス人は昔からスペインで休暇を過ごしてきた。ドイツ人は世界のどこにでもいるし、フランス人はアメリカを訪れる(で、パリに戻ってアメリカ人の悪口を言うのさ)。異文化を受け入れているその様子は賞賛に値する。それぞれ違いはあるものの、実際には相違より共通点の方が多い。違いを抱えながら共存しているんだ。
ブラジル人にも同じことが言える。このレポートを俺はサンパウロからロサンジェルスに戻る機中で書いている。サンパウロはアメリカのほとんどの都市より小さい。アメリカを出発する前、インターネットで少し調べてみた。あちらでは犯罪がコントロールが効かないほど横行しているとか、警官のグループがいかにして路上で暮らす子供たちを殺しているかなどというレポートが載っていた。俺って人間はメディアに影響され易い面がある。映画「シティ・オブ・ゴッド」や 「ピショット」なんかも見た。が、実際に訪れてみるとそこにあったのは、普通の街と、L.A.育ちの俺の隣人や俺となんら変わらぬ人々だった。サンパウロ は、野心と知性とクリエイティブな音楽と、映画を地で行く映画ファンであふれている、真剣勝負の、活気にあふれた、たいした都市だった。
ロサンジェルスとサンパウロは人口の上ではほとんど同じだ(それぞれ人口は1千2百万と1千4百万だ)。世界各国にいる俺の友達は、ロサンジェルスのこと テレビと映画の中のイメージで考えている。通りがかりに銃をブッ放し、全ての街角でギャングが抗争しているノン・ストップ・クライム・シティーだと。サンパウロは確かにもっとファンキーで極端なことが起こる都市だが、俺が考えていたような壮絶な場所では全くなかった。夜中の2時に危険地区の暗い路地を歩く時、パリやアテネやニューヨークやデトロイトよりサンパウロの方が安全だって言ってるわけじゃない。楽天的に考えるのはや めよう。だが、神が与えてくれた知性って奴を働かせるんだ。ブラジルを実際に訪れる以前に俺がこの国に対して抱いていたイメージと実際の状況のギャップにはもの凄く考えさせられた。
アメリカを出発する直前にニューヨーク・タイムズに載っていた記事なんだが、ブラジルではサトウキビからエタノールを生成する方法が発見され、20年を経た今では中東原油への依存率が50パーセント削減されたという。50パーセントだぜ!彼らはまたアメリカに先駆けて、自動車の排気ガスの排出量を減らし燃費を向上させた。当然こういうことは、このアメリカで原油で儲けてる奴らにはとうてい受け入れ難いアイデアだ。つい昨日、俺は大統領が提出した新エネルギー法案ってヤツを読んだぜ。そこでは新しい排ガス規制から大型SUV車を除外してるんだ。だろうな、オレたちにはあのハンマーやエスカレードが必要さ。ああいう高級車を買うカネがあるならおめでとう。だが、あの車種を規制からはずしたのは明らかに、またもやホワイト・ハウスの典型的な利権の構造というわけだ。しかもブッシュ政権は、ブラジルからのサトウキビ輸入を禁止したんだ。驚くにはあたらない。アメリカのアラブ・オイルへの依存度を低くするようなことは好ましくないからさ。それに加えて、エイズ治療薬の価格に関してブラジル厚生省がいかにアメリカの有力製薬企業と戦ったかを思い出して、オレはブラジル人がいっそう好きになった。
旅行に関連して、人種を理解するとさらに重要なことを知ることができる。その一つは、俺が知る限り世界中の誰もが、同じ一つのことを望むってことだ。家を持ち健康でいること。仕事と家族を持つこと。教育を受け、回りの世界に貢献すること、自分の住む地域で社会的な役割を果たすこと、何かの役割を担うこと、神を信じること、神を信じないこと。アメリカ以外の国民と、自分たちで考えているよりはるかにたくさんの共通点がある。相違は想像するよりずっと小さ いんだ。
世界中を旅することには、さらに魅力的な利点がある。友達だ。人生において俺が一番高い価値を置いているのは、他人との人間関係だ。世界中にすばらしい友人 がいる。俺達はまさしく、新世界の新秩序の一部なんだ。意味のある事を行おうとしている、アーティストと実践者と思索者と創造者から成る新・世界人種だ。 インターネットのおかげで我々は常につながっていられる。そして常に次から次へと、何かのプロジェクトを画策している。多くは長年にわたって知り合ったビ ジネスの仲間であり、生きてる限り互いに関わっていくことだろう。
そんな友達の中でも最も頭が切れて教えられる事の多い友人の一人にジュリアン・コープがいる。数週間前にも、イギリスのオックスフォードで行なわれたDKT/MC5のショウで、ケース・スータブル・フォー・トリートメントというバンドをサポートに、ものすごく楽しい時を過ごした。ジュリアンと彼の婦人ドリアンはすばらしいウェブサイトを持っているからチェックしてみてくれ。
世界中の人々と同じように、俺も自分達が住んでいる世界について友人達といろいろ話をする。そして、友達やアメリカ以外の国の一般的な人々が非常に困惑していることに気づいた。つまり、アメリカ政府が下した数々の判断に関して話している時に。彼らはただもう、アメリカがどうなっちまったのかワケがわからずにいる。マスコミの人間にもたびたび訊かれる。一体全体何故、あなた方は状況がここまで手に負えなくなる前に何とかしなかったんです?彼らはとりたててアメリカ批判主義者というわけじゃない。それどころか政治に関しても特に過激というわけでもない。むしろ遠くからアメリカを賞賛してきた人々だ。アメリカの文化を愛し、俺達みたいになりたい、俺達みたいに生活したいと願っている人達だ。彼らは単にこのブッシュって大統領を理解できないでいる。キリスト教右派の目くらましの神が仕掛けた極めて巧妙な世論操作に毒されていない他国民の目から奴を見れば、全く違った視野で世界を見る事ができるんだ。
9月24日に俺はワシントンDCで「平和と正義のための連帯」ってグループが開催する集会に加わる。イラク戦争を終わらせるべきだと政府にメッセージを発するため、ワシントン・モニュメントで行なわれる「停戦作戦」という名で知られた終日イベントだ。俺は超パワフルなベルレイズと一緒に参加する(俺は少なくとも気持ちの上でベルレイズの名誉メンバーなんだが、この日は本当に彼らの一員になってプレイするわけだ)。参加するパフォーマーは日増しに増えている。ウェブサイトをチェックしてみてくれ。
イラク戦争に参加している兵士達の家族や帰還兵で、この戦争を今こそ終わらせ、軍隊を帰国させるべきだと信じる人達に合流するんだ。闘いは続く。闘って負ける、闘っては負け、闘っては負け、そして勝つ。そしてまた闘い、また何回か負ける。終わらないんだ。民主主義とは参加するってことだ。それこそが求められることであり、最も気高い形の愛国主義だ。俺達は羊じゃない。俺達は口を閉ざすことはしない。
外には大きな世界が広がっている。そして彼らは俺達のこの国を大きな関心をもって見つめている。
ウェイン・クレイマー
サンパウロからLAへの機中にて
2005年8月
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