クレイマー・レポート スカンジナビア編。デンマークの治安の良さに驚くウェイン。日本でもこういう警戒心の薄さはまだ残っているだろう。以前アメリカ人の友達が、渋谷の街頭に無防備に並ぶ商品ワゴンを見て「なんで誰も盗まないの?!」と驚愕していた。「こんなアメリカに誰がした。」ウェイン・クレイマーの苦悩は深い。


クレイマー・レポート No. 16(2003年6月20日)

車での移動の後ハンブルグからフェリーで1時間、デンマークのアールボルグに到着した。ここでのギグは、最後の最後にブックされた小さなクラブでのショウだったが、次に向かうスウェーデンでの旅費をほぼ全額まかなってくれることになっていた。録音もうまくいったし、いい夜を過ごすことができた。スタッフも一緒に仕事をしていて楽しい連中だった。この町で泊った施設はちょっと変わっていて、広い部屋が1室、その床にマットレスが数枚ひいてあるだけだ。大人のパジャマ・パーティーって感じだった。ティーンのロック・バンドには面白かったかもしれないが、俺もキャリアがここまで来ると、あんな風に床に寝るというのはあまりありがたくはなかった。

この土地で俺はものすごく珍しい事象に気づき、そして全く斬新な体験をした。それをここに記す価値はあると思う。

デンマークでは、みんな自転車に鍵をかけないんだ。スーパーなんかに行っても、ただ自転車を立てかけ、放置したまま中に入っていく。俺は仰天した。俺達みんながだ。自分の所有物を公共のスペースに置き去りにできて、しかも誰一人としてそれを盗まない。このことは俺にとって晴天の霹靂だった。盗まれるのが当たり前で、盗まれないことにここまで驚くとは、アメリカ人のアタマの中は一体どうなっちまってるんだろう?世界中の他の国民と全く異なるおかしな認識を持つアメリカ人。そのことに気づいてさえいない。商品を売る側も、監視を行うガードマンをつけもせずに、戸外のスペースに商品を並べている。

もう一つ話がある。今朝俺はホテルの従業員が教えてくれたインターネット・カフェを探しに出かけたんだが、見つからなかった。で、通りがかりの若い女性に道を尋ねたんだ。すると彼女はとても親身になってくれて、ある店に入って行き、インターネット・カフェがどこか近くにないか、そこの店長に訊いてくれた。が、彼はよくわからなかった。すると彼女はどこに泊っているのかと訊く。で、ホテルの名前を教えた。彼女は他の方法を薦めてくれ、俺は礼を言い、俺達は別れた。近所をしばらく歩き回った後ホテルに帰ったんだが、なんとこの女性は、ホテルのすぐ近くにある彼女のオフィスの自分のパソコンを使うようにと、メッセージを残していたんだ。ヘンに勘ぐらないで欲しい。この人は自分の町を訪れた旅行者の力になろうとしていたんだ。アメリカでこういうことが起こる確率はどのくらいあるんだろう?

マイケル・ムーア監督の映画、「ボウリング・フォー・コロンバイン」はこの問題に多少触れている。アメリカでは恐怖と不信が黒々と立ち込め、それを肌で感じることさえできる。理由があってのことではあるが、生活の仕方が異常なんだ。アメリカ人の精神は狂っている。

なぜスウェーデンの生活水準が世界で1番高いのか?その地位をスウェーデンにもたらし、アメリカにもたらさない、社会、政治、リーダーシップの質の違いはどこから来るのか?

むろんヨーロッパにも固有の危惧がある。しかし人々の生活の中に、すぐ隣にいる人間に抱く恐怖感は組み込まれていないようだ。長年にわたり社会保障が極めて充実しているという事実は言うまでもない。ヨーロッパのそれぞれの国に、市民に対する安全弁が用意されている。失業すれば政府が救いの手を差し伸べる。かと言って決して甘やかしはしない。代償として何らかの奉仕をしなければならない。だがポイントはそこだ。全員が生活向上の一翼を担う。誰もが何らかの仕事に就き、それで生計を立てている。街路の清掃を生業にしている人たちを見た。誇っていい仕事だ。街の美化に貢献しているんだ。欠くべからざることだ。アメリカの政治リーダーが最も恐れる言葉が「社会」と言う単語だ。社会事業、社会医療、社会保障。そして禁句の「社会主義」。アメリカ人がその意味するところを全く知らない言葉であり、本当に情けないことだと思う。富める者はますます富み、貧しい者はますます困窮していく。それが昨今のアメリカ流というわけだ。

アメリカは一体どこで狂っちまったんだろう?地球上で最も富み、最強の軍隊を持つ国?最新鋭の兵器で他国を一瞬にして灰燼に帰すことができるこの国家は、子供達を満足に教育することもできやしない。貧しい者を助けることもできず、年長者を敬ったり精神に障害のある人々に優しい心使いを示すこともできない一方で、大量生産の高脂肪ファースト・フード産業がもたらす国民の肥満が深刻な問題となっている。医療システムだって国民全員に行き渡らない。アメリカ人が持つ利己的で傲慢な態度は実に見苦しい。俺達は一体いつになったら大人になるんだろう?

デンマークからフェリーでスウェーデンのゴーセンバーグに到着、いいショウを行うことができた。盛大な夕食となり、スウェーデン人で満員のクラブがラテン音楽で熱狂するのを見た。スウェーデンとサルサという組み合わせは、いささか予想外だった。

もとヌードラーズ/ヘラコプターズのメンバーだった友人、マティアス・ヘルバーグに会った。今は新しいジャンルの音楽をやっていて、最近こんな事をしていると言って数枚のディスクをくれた。バスの中で聴いたが、すばらしい作品だった。極めてオリジナルな音楽。アーティストたちがユニークな主張に溢れた斬新なサウンドを持って来てくれる、それを聴くのはいつでも大きな喜びだ。MC5の別バージョンを聴いたって面白くもなんともない。地球全体をカバーする音楽コミュニティーの一員であるのは楽しいし、俺達が住むこの地球はごく小さな星なんだ。

コペンハーゲンまで再びフェリーで移動、プッシー・ガローアでギグを行った。トルゥー・ダートという名前のレストランで旨い夕食にありつく。

またもやフェリーに乗船し、マリアンハムという小さな離島に着く。地球の最北端に近い孤島で人口は2万5千人。俺達がギグを行ったのは日曜の夜で、他に娯楽のためのイベントは何一つ行われていない。会場は満員、みんな楽しむためにやって来てくれた。彼等のほぼ全員が俺の音楽を聴いた事は一度もなかったに違いない。俺達は単に彼等の町でショウを行うためにアメリカからやって来たバンドであり、重要なのはただ一点、俺達がノセてくれるかってことだけ。で、それをやったんだ。子供達(「こども」だ。本当に若い子たちも来ていた)は一晩中狂ったみたいに踊っていた。踊っている客に対してプレイするということがいかに楽しいか、俺は思い出した。ただ立ってじっと見つめるだけのコンサートのオーディエンスよりずっと気持ちがいい。デトロイトのバーでギグをやっていた遠い昔を思い出した。

夜中の1時半でもまだ明るいというのは本当に妙なものだ。ギグを終えてバスに乗っても、あたりはまだ明るい!ここまで地球の北に来ると、夏は夜でも決して暗くなる事がない。そのせいで身体のバイオリズムがすっかり狂ってしまった。

一晩中眠らずに、フィンランドのトゥールクへ向かう次のフェリーに乗った。そこで1日休養を取り、フィンランドでの2回の興行の最初のショウを行うため、タンペレに到着。ここではフィンランドで最も人気のあるバンドの一つ、ザ・フレイミング・サイドバーンズといっしょだった。フィンランドでの2回のギグが今回のツアーの締めくくりであり、みんなロサンジェルスの家族や友達が恋しくなってきた。タンペレではとてもいいショウができ、終了後ファンに会って話をしたりして楽しい時間を過ごせた。会場となったクラブには地下にサウナがあり、俺はザ・フレイミング・サイドバーンズとサウナに入ったんだ。そう、フィンランドを旅する者ならサウナに入らなくちゃいけない。サウナ欠くべからず、だ。

神の祝福を。
ウェイン

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