ウェイン・クレイマーがヨーロッパ・ツアーに出ている。それで今回のクレイマー・レポートは、最初に 訪れたスペインのツアー・レポートである。現地の料理にやたら感激 しているウェインであるが、確かにこの国の食べ物はおいしい。昔1 人で旅したことがあるけれど、例えば駅のスタンド・カフェで出てくる パンとコーヒーみたいなものまでとても美味だったのを憶えている。食のレベルが高い日本人の私でさえそう感じたのだから、アメリカ人のウェインの舌にはさぞかし感動の連続だったことだろう。
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クレイマー・レポート No. 11 (2003年6月3日)
スペインのスケッチ
ロサンジェルスから大あわてでバタバタ出発したものだから、2回も乗 り継ぐ24時間の空の旅もゆったりした気分で過ごすことができた。ロ ンドンのヒースローまで9時間、待ち合わせが3時間、そこからマドリ ッドまで2時間、待ち合わせが1時間、そしてスペインのビルバオまで さらに1時間。こうして俺たちの2003年アダルト・ワールド・ヨー ロッパ・ツアーは始まった。
空港ではロックン・ロールの偉大なる支持者にして友人のカイク・ター ミックスが迎えてくれた。カイクこそ、ロックでこの世の悪を撲滅でき ると信じた世代の最後の残党であり、話術の巧みなすばらしいホスト だ。翌日ギグを行うことになっているベルガラという村の旨いレストラ ンに連れて行ってくれた。スペインをツアーする時、料理は特典とも言 えるもので、この最初の食事もすばらしかった。機内食やサービス・エ リアの食事に甘んじていた舌には、ここで出された料理は圧倒的な喜び に他ならなかった。必ずしもヨーロッパ全部がそうではないけれど、ス ペインでは誰も、アメリカ式「低脂肪・低コレステロール」主義なんか には目もくれない。特にベルガラが位置するバスク地方ではそうだっ た。それに、もっぱらアメリカでだけ施行されている、バーとレストラ ンでの禁煙という規制もない。ここでは生活は楽しむためにある。
やっとのことで眠りについたと思ったら、正体不明の音で飛び起きた。 ガランガランという鐘の音、そしてやかましいモーモーという鳴き声。 もしかして牛か?そう、「牛」だぜ!?俺が寝ていた部屋の窓のすぐ下 に!よろよろ起き上がって窓を開けると目に飛び込んできたのは、まぶ しい緑の谷と草を食む牛や羊だった。デトロイト育ちの俺には全く馴染 みのない風景だが、絵葉書みたいに美しい。
だがむろん、この緑豊かな田園地帯も現実社会から無縁ではいられない -- そう、工場だ。そのあまりに対照的な光景に俺は感嘆しちまったくらいだ。一方にはスペイン北部バスク地方の美しい緑の谷間が広がり、そ れにすぐ隣接して、黒煙を吐き出す工場施設が堂々と環境汚染をブチま けているんだ。
ツアーの最初の数晩というのは普通、問題のある個所を是正したり、ツアー全体をどんな風に行なっていくかという感覚をつかんだりしながら 過ぎていく。テクニカルな細かい問題とか選曲とか、その他ゴマンとあるいろんなことの調整だ。俺は今、新しいイン・イヤー・モニター・プ ロセッサーを試行錯誤してるところで、完璧に調整するにはまだ少し時 間がかかりそうだが、いったん調整してしまえば音造りの作業全部が今 よりずっと楽になると信じている。
ベルガラを終えて、俺たちはスペインを横断し、東海岸を北上して、ヴ ィゴという美しい海辺の町に着いた。
またもやすばらしい饗宴。今度はスパニッシュ・シーフードだ。海老、 地元で獲れる3種類の魚、そして初めて口にする「アカエイ」。振舞ってくれたのは地元のプロモーター、アントニオ・バレイロスと、彼の友達、ギグを行う「ドミナス」のスタッフたちだった。ここでカイクのすばらしい夫人、マーガレット・ターミックスが一行に加わり、通訳や物 資調達の面でこの後のスペイン・ツアーを手伝ってくれた。食事が終わ ったのは宣伝したギグ開始時刻の直前だった。ファンの反響もすばらし く、サウンドも上々だったし、いい夜だった。
この頃になると、スペインは俺たちとは違う時間の概念で動いているこ とがわかってきた。行われる予定のことは全て行われるんだが、1〜2 時間は開始が遅れる。ゆったり構えて急がない。いったん慣れてしまえ ばこの生活態度も悪くない。
町から町へ移動するのも今回はすごく楽だった。メルセデスのバンで旅したからで、アメリカ・スタイルのバンに較べて格段に乗り心地がいい。飛行機の座席のようなシートが2列配置され、後方には身体を伸ば して仮眠が取れるスペースがある。機材も後ろの別の収納場所に入れら れる。ビデオ/DVD/CDが利用できて、時間を過ごすのも楽だ。おか しな話だが、ロサンジェルスの自宅にいる時よりも、ロードに出ている 最中の方が新しい音楽を耳にする機会が多いようだ。今回も、ドライバ ーのビー・ピー(気さくなフランス人)が自分の好きなCDをたくさん 詰めたケース持ち込んでかけていた。これまでに俺は、テックス・パー キンスという、オーストラリア人アーティストのすごくクールな音楽を 知ることができたし、きのうはボンプ/ライノから出た懐かしいナゲッ ツのコレクションを聴いていた。当時のプロデュースのスタイルを聴い ていて面白いと思ったんだが、どの曲もすごく似かよっているんだ。ギ ターの音は弱々しく、薄っぺらなキーボードにやかましいタンバリン。 ファズ・トーンが流行り出した頃だから、どのレコードにも1曲はそれ 風のを入れている。
そうやってスペインの田舎特有の風景の 中車を走らせていたんだが、ある時、マイルス・デイビスの「スペイン のスケッチ」が始まった瞬間、海の底のような静寂が訪れた。その瞬間 全ての要素が完璧にシンクしたんだ。田舎の風景、人々、ツアー、バン ド・メンバーに抱く連帯感、そして音楽。またとないすばらしい一瞬。 4都市を周ったスペイン・ツアー、それぞれで満足のいくショウを行な えたが、最高の締めくくりはバルセロナだった。KGBクラブを埋めた 400人以上のファン。以前のスペイン・ツアーを含め、この国で俺が 行ったギグでは最多の集客だった。スペインのロック・ファンというの は音楽に真摯な興味を持つ人たちで、好きなバンドについて熟知してい る。また、俺たちがプレイしたような音楽でも柔軟な姿勢ですんなり受 け入れてもらえたようだ。聴く側が全く知らない曲をやったり、ブッ飛 んだインプロヴィゼーションを演奏したりするのは、相手にとってキツ いことだとわかっている。だが、KGBに来ていた人たちはバンドと一 体になってグルーブしてくれたし、そういう深いレベルでオーディエン スとわかり合えたのはすばらしいことだった。
腹も心も満たされて俺たちはきょうスペインを出立した。いい音楽、す ばらしい聴衆、新しい友達。足りないものといったら睡眠だけだが、そ っちはロサンジェルスに戻って好きなだけ取ればいい。フランスへ出発 だ。
みんなに神の祝福を。
ウェイン
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