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Translation of an excerpt from a VH-1 book, "Behind the Music/1968" by Wayne Robins, 2000 Pocket Books

ウェイン・ロビンス著「ビハインド・ザ・ミュージック:1968」には、同年に開催されたシカゴ民主党大会に関しウェイン・クレイマーのインタビューを交えて次のような記載がある。

結局、反戦フォーク・グループから参加したのはフィル・オークスだけだった。そして知名度の高いロック・バンドの中で唯一シカゴに姿を現わしたのがMC5である。MC5はモーター・シティー・ファイブの略、つまり彼等はデトロイトのバンドだった。デトロイトは伝統的に労組の活動が活発で大きな勢力を持っていたため、ここはブルー・カラーの若者が過激派と連帯した数少ないアメリカの都市のひとつであった。
「MC5にとって、政治集会とかデモ行進、反戦イベントでプレイするのは日常茶飯事のことだった。」MC5のギタリスト、ウェイン・クレイマーは語る。「シカゴで『生命の祭典』ってのがあるって聞いたんだ。ジェリー・ルービンとアビー・ホフマンは俺達のマネージャー、ジョン・シンクレアとすごく親しかった。で、民主党大会を俺達は『死の祭典』ととらえていたから、『民主党大会に対抗する抗議集会を開こう』ってことになったのさ。
「シカゴ警察とヤバいことなるのはわかってた。だが武力衝突にかけちゃこっちも百戦錬磨のベテランだ。俺達はそれまでにもデトロイト警察やオークランド郡治安当局を相手に何回か暴動めいた事件を起こしていたから. . . シカゴで何が起こるか『知って』いたんだ。警察や公安が介入してくることは容易に予測できた。衝突は起こる運命だったんだ。」
クレイマーはまた、グレイトフル・デッド、ジェファーソン・エアプレイン、ビッグ・ブラザー・エンド・ザ・ホールディング・カンパニーもシカゴに来るはずになっていたと記憶している。本当に参加することになっていたのか、あるいは最初からそれはイッピー得意の誇大宣伝だったのか、今となっては些細なことであろう。
しかしクレイマーは、そういうバンドが来ても来なくても、その理由は理解したという。「公平に言って、奴らはシカゴ警察が恐かったんだと思うね。これから何が起こるか、単にビビッたのさ。だがMC5にとってはそんなのありふれたことだった。俺達は若く、野心に満ち、そして正義感に溢れていた。俺達は傲慢で、イカれてて、そして俺達は正しかった。」

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